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所在地 静岡県藤枝市 最寄駅 JR東海道線藤枝駅 東海道第22宿 本陣2、 脇本陣0、 旅籠37、 問屋場2 総人口4,425、 家数1,061 島田へ 2里8丁 |
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藤枝宿東木戸跡 岡部から来た街道が国道と交差し、右手に移ると本町4丁目、藤枝宿の東木戸跡。 木柱が立っている。 ここから瀬戸川を渡って宿を出るまでおよそ2キロの長い宿。 その間ずっと賑やかな商店街が続く。 |
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田中城大手 本町3丁目藤枝大手バス停のある交差点を左に行くと田中城址。 藤枝は宿の東にある田中城、城主の領地。 この城は日本で唯一の円形の城で有名。今も堀と土塁が残っている。 |
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蓮生寺 街道右手に常夜灯、その奥にあるのが蓮生寺。 熊谷次郎直実が出家して蓮生と名乗り、ここの福井長者の屋敷に立ち寄った事から、この屋敷を念仏道場にしたのがこの寺の起こりとか。 |
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藤枝宿上伝馬の看板 宿の名残が全く残っていない街道筋で目に付いた看板。 藤枝2丁目の焼津信金の前に無造作に立て掛けられていた。 |
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正定寺 藤枝2丁目街道の右手にあるお寺。 境内には田中藩主・土岐丹後守が寄進した黒松「本願の松」がある。 |
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宿の中心 商店街が瀬戸川で切れる所、藤枝2丁目辺りが昔の宿の中心であった。 右手に本陣、問屋場、川会所があり、左手に番所が、橋の手前に西の木戸があった。 しかし、今はその名残すら残っていない。 |
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東海道一里塚跡 瀬戸川を渡ったすぐ左に石碑と解説板がある。 江戸より50里。 |
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六地蔵 藤枝駅への道を左に見て、そして国道と交差し、しばらく進む。 瀬戸新屋の追分(中世の東海道との追分)にある地蔵で、1石に6体の地蔵が彫られている。 |
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千貫堤 家並みが切れて田園地帯となった青島の左手に石碑がある。 田中城の城主水野忠善が大井川の洪水から守るために、千貫かけて築いたと言う土塁のことで、今もその一部が残っている。 |
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染飯茶屋跡 昔このあたりを瀬戸村と言い、ここの街道名物が「瀬戸の染飯」。 梔子(くちなし)で染めた強飯(こわいい)をすりつぶし、小判型に薄く干し乾かした食べ物で、保存性が良く山越えの携行食として人気があったと言う。 この先は左手にJR東海道線を、右手に国道1号線を見ながら、松並木が残る街道を島田の宿へと向かう。 |
今日は府中から藤枝まで四つの宿を歩いた。 安倍川、丸子、宇津の谷峠は東海道らしく、感激の連続であったが、 岡部、藤枝では見るべき物少なく、只歩くだけの単調なものであった。 台風一過の快晴で真っ黒に日焼けした。 今日の歩数 41,512歩 |