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所在地 神奈川県小田原市 最寄駅 JR東海道線小田原駅 東海道第9宿 本陣4、 脇本陣4、 旅籠95、 問屋場2 総人口5,404、 家数1542 箱根へ 4里8丁 |
平成11年(1999)5月15日(土) いよいよ東海道最大の山場、箱根峠への挑戦である。 長い間楽しみに、大事に大事に残しておいたコースだけに、最高のコンディションで挑むべく この時期が来るのを待っていた。 日が長く、暑くも寒くもなく、人出の少ないゴールデンウィーク明けがまさにその条件にぴったり。 「 こだま446号」で小田原へ、箱根湯元行きの小田急に乗り換え箱根板橋へ。9時10分旧道へとスタートを切る。 今日のニュースは、ユーゴNATO空爆で村民100名が死亡。 阪神中日戦、追いつかれた9回裏、大豊の代打サヨナラホームランで首位の中日に2.5差。 |
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江戸口見附跡 正面に富士と箱根の山並みを見ながら、酒匂川を渡り小田原に入る。 浜町2丁目国道の右手に見附跡。一本の松と標柱と解説板。ここから小田原宿。 小田原は日本橋を発って多くが2泊目としたこと。箱根への上りを控えていることから宿泊施設が多かった。 新宿交差点を左折、その先を右折して多くの蒲鉾屋さんの前を通って青物横丁交差点。ここから先が宿の中心。左手に清水金佐衛門本陣跡、国道1号線に戻り片岡本陣跡、久保田本陣跡と続く。 |
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外郎屋 本町1丁目右手に外郎(ういろう)屋。歌舞伎十八番の助六に出てくる外郎売りで知られた薬屋さん。透頂香外郎は胃腸、咽喉、船酔いに効く道中薬。 お城のような八棟造りが最近再現された。 ここの向かいに清水彦十郎本陣跡。 東海道から一筋海側へ入った所が西海子(さいかち)小路。閑静な住宅地に小田原文学館がある。小田原ゆかりの多くの文学者の資料が展示されている。 |
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上方口見附跡 国道1号線を進みJR東海道線をくぐった所が上方口見附跡、地名は板橋見附、ここまでが小田原宿。写真は振り返って撮っている。ここまでが先回の行程。 国道から右手に分かれ新幹線をくぐり街道らしい道を進み、板橋延命子安地蔵尊を過ぎて国道に戻る。 この地蔵尊には官軍の戦死者の墓がある。 明治維新の際、この先の山崎で東上途中の官軍が幕軍と戦った時の戦死者13名を葬ったもの。 |
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箱根登山鉄道 この先箱根湯元までは小田急との相互乗入れ区間でレールが3本敷かれている。 上を跨いでいるのが小田原厚木道路。 線路の右に出ると紹太寺、春日の局を母とする稲葉氏一族の菩提寺で、稲葉氏は寛永年間から3代にわたって小田原城主をつとめた。 静かな街道の入生田を過ぎ再び線路の左に出る。 旧道は箱根湯元駅手前で国道と別れ、早川に架かる三枚橋を渡っていよいよ上りにかかる。 川沿いを上るのが国道1号線で七湯道と呼ばれた温泉場への道。 |
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箱根旧街道の石畳 間もなく右手に小田原北条氏の菩提寺、早雲の墓がある金湯山早雲寺。 その少し上左手に鎌倉時代創建の古刹正眼禅寺、曽我氏供養の地蔵堂がある。 道がカギの手に曲がった所、旧湯元茶屋村で村境に男女双体道祖神が立っている。 次いで旧箱根街道一里塚碑日本橋から22番目。この辺りが湯元茶屋の中心地。 間もなく県道から分かれ細い道、国指定史跡箱根旧街道。初めての石畳、観音坂。 金ピカの箱根大天狗神社別院。右の山に初花の滝。須雲川集落外れに鎖雲寺。 女轉シ坂を上って須雲川の丸木橋を渡る。急な石段で始まる割石坂ここには江戸時代の石畳が残っている。県道を横切ると箱根旧街道の標柱、大沢坂を上って間の宿畑宿に至る。 |
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畑宿本陣茗荷屋跡 畑宿は江戸時代に間の宿として栄えた所で、宿駅ではなく立場であり、茗荷屋は大名なども休憩できる茶屋本陣で、ここの名主の家であった。 裏には見事な庭園がある。 |
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箱根旧街道一里塚 石畳の奥に塚が見えるのが畑宿の一里塚。日本橋より23里。道の両側に残っているのは、戸塚の品濃坂に続いて二つ目。 標柱の隣が箱根路東海道の碑。 左の看板は箱根寄木細工で、ここは寄木細工の里として知られ、実演と販売のお店が何軒かある。 |
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橿木坂碑 西海子坂から橿木坂、猿滑坂までは東海道きっての急坂続き、箱根路で最も苦しい「天下の剣」で、雲助が活躍したところ。 県道と箱根新道が七曲がりのヘアーピンカーブを描いてくねっており、東海道は道を行ったり、横断したり、急階段を上ってまた旧道の石畳に入ったりで、かなりきつい。 一歩間違えると千尋の谷底へと言われた。猿滑坂、追込坂、笈の平で甘酒茶屋へ。 |
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甘酒茶屋 当時の立場茶屋で今も名物の甘酒と力餅を売っている。 外の床机に腰を掛け名物を味わう。ホッとするひと時である。 茶屋に並んで箱根旧街道資料館、甘酒茶屋や忠臣蔵神崎与五郎の詫び証文などの資料が展示されている。 |
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箱根杉並木 甘酒茶屋で元気を付けて再び上りに入る。 於玉坂、白水坂、天ヶ石坂、ここが箱根東坂最後の上り。上りきった最高地点に箱根馬子唄の碑がある。 権現坂から下りになり県道を歩道橋で越すと杉並木になる。ここから関所までの間、見事な杉並木が続く。並木の間、右手にケンペル・バーニー顕彰碑。箱根の自然を愛した英人貿易商。 この杉は元和4年(1618)に川越藩主松平正綱よって植えられた樹齢380年、高さ30メートル、今も415本が残っている。 杉並木を抜けるとようやく芦ノ湖畔に出る。元箱根、バスや船のターミナルで賑やか。 |
箱根峠挑戦の初日は箱根の関所まで。 この道を下から登ってきたと思われる人はほんの数人。元箱根から甘酒茶屋までを下る人がほとんど。 東坂の上りは谷が深く、木々が鬱蒼と茂り、苔むした石畳の連続で、 ただ足元を気にしながら一歩一歩進むのに精一杯、景色を楽しむ余裕など無かった。 午後四時を過ぎると、バスターミナルにも遊覧船にも人影が急に少なくなり、今までの賑わいが嘘のよう。 今夜の宿、小田原のホテルへとバスで下る。途中から雨。 今日の歩数 35,082歩 |